「なんか知らんけど音源通った」
親の愛情を溺れるほどに受けて育った泉野家の3番手、無敵の末っ子が?年ぶりにステージに立つらしいと身内は沸いた。
既に予定が入っていたのだが、姉である私が行かないという選択肢はない。加えてその日は仕事で某イベントに顔を出しておりおぞましい量の業務を抱えていた。が、一旦切り上げて久方ぶりの三国ヶ丘FUZZへ急いだ。
数年前と変わらずRolandのショルキーを担いでステージに立った妹は「東京都から来ました」と挨拶をした。私は何カッコつけてんだよ、まあ事実か……などと適当なことを思いながら、一番後ろで腕を組んで見守った。
5つ下の妹は昔から歌うのが好きだった。親もよく歌を褒めた。兄と私が軽音楽に手を染めた一方で妹は合唱の世界に進んだ。上の2人と毛色は違ったが、3人の中で最も音楽的な感覚が優れているのは明らかに妹だった。
曲作りそのものは小学生から始めていたように記憶しているが、音源としてハッキリと形にしたのは中学生の頃だった。
繊細な感性が生む瑞々しい歌詞、捨てきれない希望を表した煌めきのあるメロディ。そして、可愛らしい見た目に反して全く可愛くない歌声、というアンバランスさが彼女の魅力だった。
さて、私といえば気もそぞろで冷や汗みたいなのが止まらないし脚が震える。自分のライブよりもよっぽど緊張した。我ながらアホなのかと思うが仕方ない。というのも、人前で歌うのに慣れているはずの妹が、私には「緊張している」「歌詞が飛ばないか」「キーボードを間違わないか」と珍しく弱音を吐いたからである。
今までとは違う。
お互い、そう思っていた。
妹がパソコンを操作すると、ライブハウス特有の爆音で機械的な音が流れ始める。
ステージには1人。例の肩からかけるタイプのキーボードを持っている。バンドでもない、アコースティックでもない、なんだかよくわからないスタイルは、見る人の目にどんな風に映ったのだろう。
1.シオン
2.命眼開花
3.常緑樹
4.アイリス
5.恋におちて
セットリストはこの通り。全てアップテンポで与えられた25分を一気に駆け抜ける。新曲はない。当たり前だ。複雑な事情で活動をやめていたし、東京での過酷な生活で音楽どころじゃないのだから。
しかし、いま22歳になった彼女がそれらを歌えば、わかりきった展開が、使い古したフレーズが、がらりと印象を変えた。
自分の曲を愛おしげに歌う姿が、歌詞に合わせて動く視線が、高校生の時にはなかった何かが、そこにある。
「生きている」と思った。
それが、嬉しかった。
ステージから見える景色をどう思ったのか、ライブを経てどう感じたのか、これからどう音楽と接していくのか、何も聞いてないし聞く気もない。好きにすればいい。
案の定歌詞を間違えたとか、歌詞が飛んでいったとか、とにかく不安だったと思う。怖かったと思う。
でも、大丈夫だよ。
たった1人でも誰かの心を動かしたのなら、それは圧倒的に音楽だから。