お昼
人が多い場所、声のする場所はあんまり得意じゃないというのもあって、お昼休みは、食堂でご飯を食べた後更衣室に行ってお尻の下にうっすい座布団みたいなのを敷いて座って静かに過ごす。
あんまり人が来なくて、いい。
たまに人が来て「え!?何してんだこいつ…」みたいな感じで見られるけど、いい。
音楽を聞くとか、おやつを食べるとか。
買いもしない服にいいね!をし続けるとか。
たった30分くらいだけど。
とりあえず、1人になれる時間はすごく大切だと思う。
ずーーーっと誰かと一緒は疲れる。
仕事でも、プライベートでも。
誰かといる時の自分はどうしても100%の自分ではないから、ちゃんと1人になって、他人と線を引いて、自分をしっかりとわかってないといけない。
それができてはじめて、誰かの尊さとか、誰かといる時間の素晴らしさに気づく。
で、少しずつ、最大87%くらいの自分で、誰かと生きていく方法を見つけられる。
メラミンのコップ
大学受験のために、高校3年の冬は東京にいた。
そのときちょうど渋谷ヒカリエに大好きなぼのぼののポップアップショップがくると聞いて、あのダサい制服で渋谷ヒカリエに乗り込んだ。
その時に、7000円分のグッズを買った。
よくあるメラミンのコップも買った。とても気に入って買った。
受験の時から、大学の4年間、そして今もそのコップを大事に使っている。本当にかわいくて、使いやすい。
長く使ってるから、思い入れがある。悲しい時も嬉しいときもそのコップにいろんな飲み物を注いできた。
でも最近、父がそのコップを使ってることが判明した。
何回か現行犯で見つけて、その度に「それ私のだから使わないで」と言ったのに
「僕、このプラスチックのコップが好きやねん!」などと供述し、まるで会話にならない。
あんたがプラスチックのコップが好きかどうかはどうだってよくて、それは誰のものなのかという点で話しているというのに…
あと、プラスチックとメラミンは多分違う物質だと思う、そこはまあいいか。
私は結構本気で嫌がってるのに、何回言っても父は全く気づかないから、これまた結構な勢いで、「お父さんにコップ買ってあげるからもう使わないで!!」と言った。
そして父が大好きなふなっしーのコップを買った。
昨日届いてた。届いてたことに気づいてなかったから今日開けた。
かわいいじゃん。
これで私のぼのぼのが被害から逃れられるのを切に願う。

きゅーちゃんの話
2016年、初夏。
「東京でライブするから見にけーへん?」
高校の時の友達にそう誘われ、足を運んだ渋谷CYCLONEに"きゅーちゃん"はいた。
全然話さないし、目も合わないし、金髪だし、なんか怖いし、初めの印象はあんまりよくなかったけど、Twitterで絡むうちにいい子だと気づいた。
きゅーちゃんはギターが上手い。無駄が一切ない本当に綺麗な演奏をする、かなりイケてるギタリストだ。
そんなきゅーちゃんと会うことになった。こないだの5月。
たぶん、5年か6年かぶりかな。
新御茶ノ水で待ち合わせた。急に雨が降ってコンビニで傘を買っていたとほんの少しだけ遅れてきたきゅーちゃんは、ものすごくきゅーちゃんのままだった。
が、あの時はなかった左腕のタトゥーが時間の流れを物語っているみたいだった。
相変わらずあんまり目は合わないけど、きゅーちゃんはありえないくらいのスピードでずっと喋りまくっていた。すごい話すなあ、と思ったけど久々だしきゅーちゃんの話を聞くのは楽しかった。
新しく組んだバンドのこと、仕事のこと、掛け持ちでバイトをしていること。昔の友達のこと。
そして、きゅーちゃんは言った。
「楽しいのなんてギター弾いてる時だけだよ。それ以外は苦しいしほんと大変。でも、俺はもう出会っちゃったからさ、音楽に。だから、売れるしかない」
ああ、そうか。
好きなことするのって、楽しそうに見えて、実際楽しいかもしれないけど、めちゃくちゃ大変だよな、そうだよな。
厳しさ、苦しさ、そういうの全部ひっくるめてきゅーちゃんは音楽と向き合ってた。音楽を愛してる自分と向き合ってた。
美しい、そう思った。
きゅーちゃんとは7月末にも会った。
東京に行く前日の夜に「明日、昼は何してんの」と連絡が来た。昼過ぎからバイトの友達と会うまでは特になんもしてないよと言えば、じゃあそれまで会おうと言われた。また急だな……Qだけに……などとしょうもないことを思いながらも、本当に昼過ぎまで何もしてないので、むしろちょうどいいなと会った。
また、音楽の話をした。
まあ、私たちの共通言語は音楽しかないので、当たり前だな。
その日の晩にきゅーちゃんとの出会いの地、渋谷CYCLONEできゅーちゃんのライブを見た。
正直、身長の兼ね合いできゅーちゃんはあんまり見えず、ボーカルの子をずっと見てた。ごめんな、きゅーちゃん。
ライブを見て思ったのは、本当に心が揺れ動いた時、言葉は全く役に立たないこと。
改めて、実感した。
きゅーちゃんと再会してから、また音楽をやってみてもいいと思った。
時間がかかるし、何も弾けなくなってる自分が嫌になると思うけど。
すぐベースを修理に出した。お金が貯まれば、1年くらいヤマハに通って、先生に習ってみたいと思ってる。
ありがとう、きゅーちゃん。もう一度音楽をやろうと思わせてくれてありがとう。
私はきゅーちゃんみたいに音楽が好きな人間ではないけど、細々と音楽をしながら、何か見つけられたらいいなと、思ったよ。
輝け、きゅーちゃん。
ずっとずっと、きゅーちゃんのままで。
口虚
左目が見えなくても嘘には気づける。
一瞬の間、空気の澱み、確かな違和感。
ーー言行不一致。
わかっていて言わない。
指摘しようものなら、逃げるか、必死に逆上するか。ダサい人に時間は使えない。
嘘だけじゃない。
一緒にいて、別のことを考えているなと気づくこと。
これ以上踏み込んでほしくないと思っていると気づくこと。
ああ、私のことはそれほど大切に思ってないなと気づくこと。
あまりにも容易い。
あまりにも容易くて、笑ってしまう。
気づかれていると気づいていない人が滑稽で、笑ってしまう。
ただ、嘘が、誤魔化すことが、隠すことが、必ずしも悪だろうか、と問えば否。
目的次第だと思う。
私は、自分を守るためじゃなくて、誰かを守るためにそうしたい。
八月の夜
という曲がある。
愛してやまないSilent Sirenの名曲だ。リリースは2015年らしい。だいぶ前だな〜と思うけど、それもそうか。大学の頃に聴いていたんだから、そんなもんか。
とりあえずMVの成田凌がべらぼうにかっこいい。同じ大学の男女が惹かれ合うストーリーで、あんな人絶対に好きになってしまう。
八月の夜、というタイトルと歌詞、MV、全てがあまりにストレートで、するりとガツンと心に入ってきたのは私も当時大学生で、恋をしていたからだろうか。
さて、近頃恋らしい恋(とは?)から離れてしまっている今でも、8月になるとやはりこの曲を思い出す。
そして、毎年ベースを弾かねば弾かねばと思うが、なんせ難しくて弾けない。何が難しいのかわからないが、なんとなく弾けない。
気づけば8月はほとんど終わっていて、また来年また来年と自分を甘やかしている。来年の8月まで生きていられるかなんて、わからないのに。
夏は苦手で、毎年ほとんど家にこもって、冬眠ならぬ夏眠を決め込んでいた。
でも、今年の夏は色んな人に会った。
時間やお金に少し無理して色んなところに行った。
傷つくのわかってて手を伸ばしたものもあるし(案の定ちょっとだけ辛い思いもしたけど、大した問題はない)。
自分にも周りにもなにが起こるかわからないし、そうともなれば会えるうちに会っておきたい人が山ほどいることに気づいた。なんて幸せなことだろうね。
楽しかった。
身体面ではめちゃくちゃ夏バテでしんどいけど、心の充実がすごい。会ってくれたみんな、ほんとにありがとう。
かけがえのないものばかり抱えているから、文句垂れながらも生きていける。
自分のことがわからなくなるときもあるけど、大切な人が私を形作ってくれたり、進むべき道を教えてくれる。
会える人も、会えなくなってしまった人も。好きな人も、あんまり好きじゃない人も。
一つ一つの縁がそれぞれの温度で距離で、私を彩ってくれてる。
今日は8月最後の日。
8月の朝も昼も夜も最後だ。
良い1日にして、9月を迎えたいと思ってる。
きのう
新世界で飲んだお酒が変に回って、道に迷って、なんとかたどり着いた駅で普通車に乗ることに成功した。
憧れの人が住む街を通り過ぎる。だから何ということはなく、ああ、そうだなと思うだけ。
昔と比べて、適当が上手くなった。その場その場で最適な言葉で、行動で、普通をこなす日々だ。凌ぐ、と言った方が正しいかな。
別になんとも思ってませんよ〜、そんな顔で、刺激のない日々をありがたいと思う一方で味気ないとか、なんとか。
贅沢言うなよ!いやしかし……
ただ、大人になって、有限だ、と感じる回数もひどく増えた。全てが有限で、たった一度きりだと。ならば、この中途半端な幸福を放り出して。
会いたい人には会いたい、と。
好きな人には好きだ、と。
伝えてもいいのかもしれない。
失う覚悟がなければ、本当に欲しいものは手に入らないと思う。
終わり
終わる、ということ。
終わらせる、ということ。
脚が痛すぎてホームでうずくまったり。もっと悪くなったらどうしようと考えてしまったりとか。ここ半年くらいそういうのとずっと戦っていた。
なんで私がこんな目に遭わないといけないのか…真面目に頑張ってたのに…と思わないでもないけど、まあ仕方ないのかなあ。
顧客さんが会いにきてくれたり、何か贈り物をしてくれたりと、そういうことがあるので、ずいぶん幸せだと思う。頑張ってよかったと思う。
店の仲間もこんな私と仲良く働いてくれて、本当に尊い。
ありがとうじゃ足りなくて、でもありがとうと言うしかないのがもどかしい。何度も言うと価値が薄れて、でも何度だって言いたくなる、それほどにありがとう。
辞めたいなんてよく言ってたけど、辞めるほどでもなくて、みんなのことが大好きで、お客さんが喜んでくれたら嬉しい、そういう三年間でした。